Henri SELMER Paris

セルマー・パリ
FRANCE — Mantes-la-Ville

概要Overview

アンリ・セルマー・パリ(Henri SELMER Paris)は、1885年にアンリ・セルマー(Henri Selmer, 1858–1941)がパリでリードとマウスピースの製造を始めたことを起源とする、フランスの管楽器メーカーである。アンリはパリ音楽院クラリネット科を卒業した演奏家であり、共和国親衛隊軍楽隊やラムルー管弦楽団でのキャリアを経て、1885年にモンマルトル地区で工房を開いた。1898年からクラリネット製造に進出し、1919年にはマント=ラ=ヴィル(Mantes-la-Ville)に工場を開設、1921年12月31日に最初のサクソフォン「Série 1922」を完成させた。

1929年には発明者アドルフ・サックスの工房(Adolphe Sax & Co)をパリ18区で買収し、サクソフォンの「唯一の正統な継承者(sole legatee)」となった。以後、Balanced Action(1936年)、Super Balanced Action(1948年)、Mark VI(1954年)という三つの画期的モデルを生み出し、プロ用サクソフォンの世界標準を確立した。とりわけMark VIはジョン・コルトレーン、ソニー・ロリンズ、マイケル・ブレッカーら無数のジャズ巨匠に愛用され、史上最も評価されるサクソフォンとして現在もヴィンテージ市場の頂点に君臨する。

現在の製造拠点はマント=ラ=ヴィルで、パリ11区の rue de la Fontaine au Roi は本社・ショールームにあたる。従業員は約500名、売上の90%超が輸出(米国・中国・日本・欧州が主要市場)で、サクソフォンが事業の半分以上を占める。創業家による経営は2018年3月に欧州投資ファンド Argos Wityu が筆頭株主となることで転換期を迎えたが、製造拠点と職人技術の継承は変わっていない。なおアメリカの Conn-Selmer(Bundy 等の学生用ブランドを含む)は、1927年に米国法人株式をジョージ・バンディに売却した時点でパリのアンリ・セルマー・パリとは資本関係のない別会社であり、現在も無関係の別法人である。

特徴Features

  • 引き出しトーンホール(drawn toneholes)製法の確立と、それによる音程精度と音色の均一性
  • Balanced Action から Mark VI へと受け継がれた「ダークで豊か、芯があり柔軟」なサウンドの系譜
  • ジャズの黄金期(1950〜70年代)と完全に重なる Mark VI 生産期間がジャズ史と不可分に結びついた
  • ソプラニーノからバスまで全管種を自社製造できる世界でも稀な総合メーカー

モデルModels

Modèle 22(モデル・ヴァングドゥー)

1921年12月31日に完成した最初の量産モデルで、1923年に「Modèle 22」と改称された。引き出しトーンホール製法を採用し、単一オクターブキーによる操作性の簡素化が特徴。ネックジョイントが細く「ペア・シューター(pea shooter)」と呼ばれた。アルト・テナー(B♭およびC調のCメロディ)・バリトン・バスと全管種を展開し、Cメロディはピアノと同調のため1920年代のサロン・ジャズで人気を博した。コールマン・ホーキンスもこのモデルで演奏キャリアを出発させている。

Modèle 26 / Modèle 28(モデル・ヴァンシス/モデル・ヴァンユイット)

1926年登場の Modèle 26 は月桂樹冠に代わる新ロゴ、ウィッシュボーン形のオクターブキー、拡大されたボアを持つ。Modèle 28(1928年頃)はさらにボアを拡大し、G♯トリル・高音D♯トリル・フロント高音Fなど多数のキーを追加した本格的再設計版。現存数が非常に少ない希少モデルで、クラシック志向の位置づけとされた。

Super Sax “Cigar Cutter”(シガー・カッター)

1931年から製造されたモデルで、「Cigar Cutter(葉巻カッター)」はオクターブ機構の形状に由来する非公式の愛称であり、Selmer の正式名称ではない。ベルに「SSS(Selmer Super Sax)」の刻印を持つ。1920年代の米国製サックスに見られた豊かで太い音色を目指し、より大きなボアとベルを採用した転換点となるモデル。V字形キーガード、ニッケルシルバー削り出しのネックスライドが外観上の特徴。真のCigar Cutterテナー(欧州市場向け)は約180本のみの製造とされる希少品で、ズート・シムズが使用したとも伝わる。

Radio Improved(ラジオ・インプルーヴド)

1934年から1935年頃の短命なモデルで、ラジオ・スタジオ録音用に最適化されたとされる。現存数は非常に少ない。同時期には「Jimmy Dorsey モデル」(1935〜1938年頃、約200本限定)も存在し、Balanced Action 風のボディに Radio Improved 風のキーワークを組み合わせた折衷仕様でベルキーが左側にある。

Balanced Action(バランスド・アクション)

1936年に登場し「現代サクソフォンの誕生」と称される革命的モデル。低音B・B♭キーをベル右側に移動し、長いロッドを楽器中央に集約することで均等なキー圧と重量配分を実現した。ボアの大型化とベル径の拡大も施された。コールマン・ホーキンスがパリ滞在中にセルマーから贈呈されたとされ、晩年まで愛用した。またベン・ウェブスター、スタン・ゲッツの初期、ポール・デズモンドも使用。第二次大戦中は物資不足からベークライト製ボタンの個体が存在し、ベル側のシリアルが正しい本体番号となる個体もある。「1937年製BAアルトはこれまで所有した最高の Selmer アルト、Mark VI 以上だった」と評した奏者もいる。

Super Balanced Action(スーパー・バランスド・アクション)

1948年から1953年頃まで製造された Balanced Action と Mark VI の架け橋的なモデルで、通称 SBA。ボウが取り外し可能になり整備性が向上、左右の小指キーのオフセット配置で操作性が大幅に改善された。BAより小さなボアに戻り「最も甘い音のヴィンテージ Selmer」とも評される。コルトレーンが初期に使用したのはSBAテナー(シリアル40,xxx番台と伝わる)で、『Giant Steps』(1959年録音)はこのSBAで吹いたとされる。マイケル・ブレッカーも初期にSBAを使用し、ジョシュア・レッドマンは父デューイのMark VIからSBA(シリアル48,xxx番台)に乗り換えた。修理の名工エミリオ・ライオンズはシリアル38,000〜42,000番台のSBAを「史上最高のサクソフォン」と称した。

Mark VI(マーク・シックス)

1954年から1974年にかけて製造された、史上最も評価されるサクソフォン。1922年以来「6番目のモデル」であることと、セントルイス万博金メダル50周年を記念して命名された。クラシック奏者マルセル・ミュール(1948年から芸術顧問)も開発に関与した。SBAの架け橋を経て小ボアに戻ることで柔軟性と豊かな音色を両立、新形オクターブキー、左右のサムレスト、初のオプション「ハーモニックキー」を採用。低音A付きの限定アルトも Mark VI 名で製造され、オーネット・コールマンが愛用した。テナーでのジョン・コルトレーンの使用(スミソニアン所蔵のシリアル#125571、1965年製)、ソニー・ロリンズ(14x,xxx番台)、マイケル・ブレッカー(1960年製シリアル#86351)など、ジャズ黄金期の巨匠たちと不可分に結びついている。スタン・ゲッツの『Getz/Gilberto』(1963年録音)もMark VIテナーである。ソプラノのコルトレーンはシリアル#99626(1962年製)を使用し、『My Favorite Things』(1960年録音)に刻まれている。

Mark VII(マーク・セブン)

1974年から1980年まで製造された Mark VI の後継機。新オクターブキー機構と左小指スパチュラの改良を施し、「20年のMark VIのページをめくる」試みとしてフレデリック・ヘムケが設計に参画した。やや大きなボアで音は太く力強く、高音域へのアクセスも優れる。しかし Mark VI に対する過大な期待と、テナーのキー配置に対する批判が重なり、Mark VI 中古価格を押し上げる一因となった。アルトは「Mark VI より優れている」とする支持者も一定数存在し、音程・均一性では勝るとの評価もある。

Super Action 80(スーパー・アクション・エイティ)

1981年から1986年頃まで製造された、通称 SA80 または Series I。Selmer は公式に「Mark VII より Mark VI に近い」と強調した。アルト・テナー・ソプラノ・バリトン・バスと全管種に展開し、約69,000本が生産された。やや明るめの音で、前世代の音程傾向を継承する。

Super Action 80 Series II(スーパー・アクション・エイティ・シリーズ・トゥー)

1986年から現在まで続く Selmer 史上「最も長く生産されているモデル」。SA80 Series I に対しよりダークで集中した音に仕上がり、均一性・音程に優れることからクラシック奏者に特に好まれる。1993年に通算50万本目のサクソフォン(Series II アルト)が工房を出た。「Mark VI 以来の最良の Selmer」と評する技術者もいる。2010年に新エングレービングとわずかな変更が施されたが、基本設計は変わっていない。

Super Action 80 Series III(スーパー・アクション・エイティ・シリーズ・スリー)

Series II と並行して生産されてきた別モデル。より大きなボアと薄いベル・ミニリブ構造で軽量化し、開いた音でジャズ向きとされる。Series II がよりクラシック向きの集中した音であるのに対し、Series III はよりポップ・コンテンポラリー系に向く設計。2024年頃に Supreme の登場に伴い生産終了が発表された。

Reference 36 / Reference 54(リファレンス・サーティシックス/フィフティフォー)

2000〜2001年に登場したヴィンテージ復刻志向のモデル。Reference 54 は Mark VI(1954年)の、Reference 36 は Balanced Action(1936年)の精神を受け継ぐ(忠実な復刻ではなく現代キーワークを採用)。高い銅含有率の真鍮合金を使用し、Selmer ラインナップ中最もダークな音域を持つ。高音F♯キーを備え、オリジナル Mark VI より音程が良い点が実用上の大きな利点。Reference 54 はスティーヴ・コールマンやチコ・フリーマンらが使用。2024年頃に Supreme 登場に伴い生産終了が発表された。

Supreme(スープリーム)

2022年に登場した現行の最上位フラッグシップモデル(公式名「Modèle 92」)。右手F♯/Fのダイレクト調整アーム、C♯補正システム、再設計のキーエルゴノミクス、トーンホール径・位置の見直しなど、100年の技術の集大成として「現代アルトのアイデンティティを再定義」するモデルと位置づけられる。Selmer は「Mark VI のように極めて多様な奏法に応える」と謳う。2022年には創業100周年記念の限定版「Modèle 2022」(641本限定)をマットダークゴールド仕上げで発売。2025年にはテナー版「Model 94 Tenor Supreme」が追加された。

Tribute to Bird / 限定・記念モデル

チャーリー・パーカー没後50年を機に2005〜2012年にかけて Reference 54 ベースの「鳥」テーマ限定アルト全五種(Hummingbird・Kookaburra・Flamingo・Firebird・Dragon Bird)が各地域向けに制作された。2012年にはソニー・ロリンズに名入りテナーが贈呈された。2025年の創業140周年には、1885本(創業年に由来)限定のサクソフォン・クラリネット・マウスピース・レプリカ・トランペットを展開。歴史的な金メッキ・銀メッキ・ブラックラッカー仕上げも各時代に存在する。

シリアルナンバーSerial Numbers

セルマーのシリアル記録は管楽器業界で最も整備されており、全管種が単一の連番を共有する。ただし公式チャートは製造年と実販売年で±18ヶ月程度のずれが生じることがある。モデルの判定はシリアルのみでなく、ベルの刻印も合わせて確認すること。

年代シリアル主な該当モデル
1922750 – 1,400Modèle 22
19231,401 – 2,350Modèle 22
19242,351 – 3,350Modèle 22
19253,351 – 4,450Modèle 22
19264,451 – 5,600Modèle 26
19275,601 – 7,850Modèle 26
19287,851 – 9,700Modèle 26 / 28
19299,701 – 11,950Modèle 26
193011,951 – 14,000Super Sax(Cigar Cutter)
193114,001 – 15,750Super Sax(Cigar Cutter)
193215,751 – 17,250Super Sax(Cigar Cutter)
193317,251 – 18,700Super Sax
193418,701 – 20,100Radio Improved
193520,101 – 21,750Radio Improved
193621,751 – 22,650Balanced Action 開始
193722,651 – 25,600Balanced Action
193825,601 – 27,650Balanced Action
193927,651 – 29,300Balanced Action
194029,301 – 29,750Balanced Action
194129,751 – 30,500Balanced Action
194230,501 – 31,150Balanced Action
194331,151 – 31,580Balanced Action
194431,581 – 31,850Balanced Action
194531,851 – 32,350Balanced Action
194632,351 – 33,700Balanced Action
194733,701 – 35,800Balanced Action
194835,801 – 38,500Super Balanced Action 開始
194938,501 – 41,500Super Balanced Action
195041,501 – 45,100Super Balanced Action
195145,101 – 48,300Super Balanced Action
195248,301 – 51,800Super Balanced Action
195351,801 – 55,200Super Balanced Action
195455,201 – 59,000Mark VI 開始
195559,001 – 63,400Mark VI
195663,401 – 68,900Mark VI
195768,901 – 74,500Mark VI
195874,501 – 80,400Mark VI
195980,401 – 85,200Mark VI
196085,201 – 91,300Mark VI
196191,301 – 97,300Mark VI
196297,301 – 104,500Mark VI(通算10万本達成)
1963104,501 – 112,500Mark VI
1964112,501 – 121,600Mark VI
1965121,601 – 131,800Mark VI
1966131,801 – 141,500Mark VI
1967141,501 – 152,400Mark VI
1968152,401 – 162,500Mark VI
1969162,501 – 173,800Mark VI
1970173,801 – 184,900Mark VI
1971184,901 – 196,000Mark VI
1972196,001 – 208,700Mark VI
1973208,701 – 220,800Mark VI
1974220,801 – 233,900Mark VI → Mark VII 移行
1975233,901 – 246,800Mark VII
1976246,801 – 261,100Mark VII
1977261,101 – 276,100Mark VII
1978276,101 – 289,700Mark VII
1979289,701 – 303,100Mark VII
1980303,101 – 315,500Mark VII
1981315,501 – 327,300Super Action 80 開始
1982327,301 – 340,200Super Action 80
1983340,201 – 353,300Super Action 80
1984353,301 – 366,400Super Action 80
1985366,401 – 378,800Super Action 80
1986378,801 – 391,000SA80 / Series II 開始
1987391,001 – 406,000Series II
1988406,001 – 422,500Series II
1989422,501 – 439,600Series II
1990439,601 – 457,500Series II
1991457,501 – 473,600Series II
1992473,601 – 490,000Series II(翌年通算50万本)