YAMAHA

ヤマハ
JAPAN — Iwata, Shizuoka

概要Overview

ヤマハ(YAMAHA)は1887年に山葉寅楠が静岡県浜松でリードオルガン製作を始めたことに源流を持つ、日本最大の総合楽器メーカーである。創業当初の社名は日本楽器製造株式会社(日本楽器、Nippon Gakki Co., Ltd.)であり、創業100周年にあたる1987年にヤマハ株式会社へと改称した。サクソフォン分野への参入は1964年に研究開発が始まり、1967年に初の市販モデル「YAS-1(ワイ・エー・エス・ワン)」「YTS-1」を発売したのが本格的な出発点である。前年の1966年にはヤマハがプロトタイプのアルトをジョン・コルトレーンとファラオ・サンダースに贈呈しており、コルトレーンに渡された個体(シリアル015)は2005年に遺族から正式にオークション出品され、現在もヤマハ・サクソフォンの起源を物語る一級資料として知られる。

ヤマハのサクソフォン史は四つの画期で整理できる。1967年のYAS-1、1978年のYAS-62、1988年のCustom 875、そして2002〜2003年のCustom EXおよびCustom Z(ゼット)である。とりわけ1972年に開発顧問へ就任したシカゴ出身のクラシック奏者ユージン・ルソー(Eugene Rousseau)との協業は決定的な意味を持ち、9本のプロトタイプと約7年の研究を経て完成したYAS-62は世界的ベストセラーとなった。ピュアで芯のあるサウンド、均一な音程、近代的で扱いやすい機構と堅牢な造りが、1980年代以降それまでセルマーが独占していたプロ市場を切り崩す原動力となった。

製造拠点は1970年に開設された静岡県磐田市の豊岡工場で、プロおよびカスタムモデルはベルの手叩きを含む手作業の工程を経て製作される。現行ラインナップはYAS-62III、Custom 875EXII、Custom Z(82ZII)、Customバリトン(YBS-82、2020年発売)を頂点として、中級・学生機まで重層的に展開されている。クラシックでは須川展也、雲井雅人、田中靖人、ジャン=イヴ・フルモー、オーティス・マーフィー、ジャズではフィル・ウッズ、ジェームス・カーターといった奏者がヤマハを愛用し、近代サクソフォン製造の主役の一角を担っている。

特徴Features

  • ピュアで芯のあるクリーンな音色と均一な音程の安定性
  • 近代的で扱いやすい機構と高い整備性、堅牢な造り
  • 最上位カスタムを起点に下位機種へ展開する垂直統合の設計思想
  • 静岡県磐田市の豊岡工場における一貫生産と手叩きベルなど手作業工程

モデルModels

YAS-1 / YTS-1(ワイ・エー・エス・ワン)

1967年に発売されたヤマハ初の市販サクソフォン。1966年の来日公演中だったジョン・コルトレーンとファラオ・サンダースにプロトタイプが贈呈された経緯を持ち、コルトレーン旧蔵のシリアル015の個体は現存している。同時期のテナー版がYTS-1である。市場における存在感よりも、日本製プロ用サクソフォンの夜明けを告げる象徴的モデルとしての価値が大きい。

YAS-21 / YAS-23(ワイ・エー・エス・トゥエンティワン/トゥエンティスリー)

1970年から1980年頃まで生産されたYAS-21は初期の量産普及モデルで、着脱式ベルが特徴。米国向けにはVito(ヴィトー)ブランドの「7131」など同型のOEMが供給された。1980年からの後継YAS-23は日本の吹奏楽現場で長年スタンダードの座を占めた学生モデルで、ベルとボウが半田付け接合に変更された。中学高校の部活動を通じて、戦後日本のサックス人口を一気に広げた歴史的役割を果たしている。

YAS-275 / YAS-280(ワイ・エー・エス・トゥーセブンティファイブ/トゥーエイティ)

YAS-23から続く学生モデル系譜の現代版。275は2000年からの後継、280は現行の入門スタンダード。耐久性と吹きやすさ、初心者でも音程が決まりやすい設計が特徴で、世界中の学校吹奏楽でいまなお主役の座を保つ。同じ思想でYAS-25(1991–2000)が中間世代に位置する。

YAS-32 / YAS-52(ワイ・エー・エス・サーティトゥー/フィフティトゥー)

32は1978年から1992年まで、52は1978年から2002年まで生産された中級モデル。学生機の上位に位置し、初級者から中級者がプロ機を視野に入れる橋渡しとして長く活躍した。現在は中古市場で手頃な実用機として根強い人気を持つ。

YAS-475 / YAS-480 / YAS-380(ワイ・エー・エス・フォーセブンティファイブ/フォーエイティ/スリーエイティ)

2002年以降に展開された中級モデル群。上位機種譲りのネック設計、ティアドロップ型のFキィなどプロ仕様の要素を多く取り込んでおり、中級機でありながら表現力の幅は広い。学生から脱却したい奏者の「最初の本格機」として選ばれることが多い。

YAS-62 / YTS-62(ワイ・エー・エス・シックスティトゥー、新62)

1978年に発売されたヤマハの飛躍点となるプロモデル。ユージン・ルソーとの協業により9本のプロトタイプを経て完成し、ヤマハ公式年表で「サクソフォンの里程標」と位置づけられている。前身のYAS-61の系譜を発展させ、プロ品質を比較的手頃な価格で提供することで世界市場を切り拓いた。2003年の62II、2013年の62IIIへと改良を重ね、新設計の62ネックや低音域のキー連結改良が施されている。素直でクセが少なく、奏者の個性を素直に音にする万能機として、今もヤマハの中核を担う。

YAS-875 / YAS-855 Custom(ワイ・エー・エス・エイトセブンティファイブ/エイトフィフティファイブ カスタム)

1988年に発売されたヤマハ初の最上位「Custom(カスタム)」シリーズ。875はやや大きめのボア、855は狭ボア(M1ネック)を持つ姉妹機で、875が主流となり855は1992年頃まで生産された。クリーンで均一な音程と近代的な扱いやすさは、フュージョン、コンテンポラリー、スタジオ系の奏者から熱烈に支持され、それまでセルマーが独占していたプロ市場の地殻変動を引き起こした。日本では須川展也が1988年の開発初期から関与し、彼の音像と分かちがたく結びついている。

YAS-875EX / YAS-875EXII Custom EX(ワイ・エー・エス・エイトセブンティファイブ・イーエックス/イーエックス・ツー)

2002年に発売されたCustomの進化形。ルソーに加え、須川展也、ジャン=イヴ・フルモー、オーティス・マーフィーら世界的奏者の協力で開発された。V1ネックを採用し、複雑でメロウ、深みと適度な抵抗を兼ね備えた音色を実現。2013年に第2世代の875EXIIへ更新され、2019年からピゾーニ製パッドが標準採用された。仕上げは銀メッキ、ゴールドラッカー、ブラックラッカー、ゴールドプレートなど多彩。クラシックからジャズまで一台で対応する現代の万能カスタムとして、世界中のプロが第一候補に挙げる存在となっている。

YAS-82Z / YAS-82ZII Custom Z(ワイ・エー・エス・エイティトゥー・ゼット/ゼット・ツー)

2003年に発売されたCustom Zシリーズのアルト。1950年代から1960年代のヴィンテージ的音色を近代的精度で再現するというコンセプトで、ジャズ系プロとの協業により開発された。軽量な特殊ブラスとハンマー成形ベルが特徴で、ボアの広がりが速く、開放的で明るくソリッドな鳴り。クリーンなヤマハ像からあえて離れた「ヴィンテージ志向」の性格を持ち、ジャズ・シーンで急速に支持を広げた。フィル・ウッズが約50年連れ添ったセルマーから晩年に乗り換えた楽器として知られ、彼自身が「新しいヤマハを試したら一気に楽になった」と語った逸話は有名である。2013年に第2世代の82ZIIへ更新、V1ネックと1ピースベル化が施され、アンバーラッカー仕上げの82ZIIAも追加された。

YTS-82Z / YTS-875EX Custom テナー(ワイ・ティー・エス系カスタム)

2004年発売のCustom Zテナー(YTS-82Z)と、2002年発売のCustom EXテナー(YTS-875EX)はそれぞれアルトと同じ思想で設計された姉妹機。82Zテナーは開放的で明るく、ジャズ・ロック・ファンク系奏者から圧倒的な支持を集める。ジェームス・カーターがヤマハのアーティストとして知られ、近年のジャズ・テナーにおけるヤマハの存在感を象徴している。875EXテナーは複雑でメロウなトーンで、クラシックと現代ジャズの両方に対応する。

YSS-62 / YSS-675 / YSS-875 / YSS-875EX / YSS-82Z ソプラノ(ワイ・エス・エス系)

ヤマハのソプラノは1978年のYSS-62に始まる。直管ソプラノとして高い評価を得たYSS-62は1990年までの生産で、後継のYSS-675へと引き継がれた。1990年からのYSS-875、2005年以降のYSS-875EXはカスタム最上位として現代ソプラノの最高峰の一つとされ、High G付きのYSS-875EXHGなどの派生も存在する。Custom Zソプラノとして曲管一体型のYSS-82ZRも展開され、ジャズ系奏者に好まれる。中級にはYSS-475があり、初の中級ソプラノとして長く愛用されている。

YBS-61 / YBS-52 / YBS-62 / YBS-82 バリトン(ワイ・ビー・エス系)

1969年発売のYBS-61がヤマハ初のバリトン。YBS-52は中級学生モデル、YBS-62は長年プロ・バリトンの定番として愛用されてきた(Low A付き、2021年に62IIへ更新)。そして2020年、ついに初のカスタム・バリトンとしてYBS-82が登場した。一枚取りの1ピースベル、カスタムブラス、C1とV1の選択可能なネックを備え、ヤマハの垂直統合思想を完成形へと到達させたモデルである。

アトリエ(Atelier)

ヤマハは世界各地の主要都市に「アトリエ」と呼ばれる調整・開発拠点を展開している。1977年の東京を皮切りに、ハンブルク(1979年)、ウィーン(1986年)、ロサンゼルス(2008年)、パリ(2019年)などに設置され、プロ奏者と熟練技術者が直接やり取りしながら個体調整や次世代モデルの開発を行う場として機能している。市販モデルではないが、ヤマハのプロ向け体制を支える重要な存在である。

シリアルナンバーSerial Numbers

ヤマハのサクソフォンはモデルごとに独立した連番でシリアルが付与され、番号体系も何度も変更されているため、シリアル番号から製造年を一意に割り出せる信頼性の高い公開対応表は存在しない。ヤマハ自身も「個々の製造年を特定できるシリアル記録は存在しない」と公式に述べており、正確な確認方法はヤマハへの個別問い合わせとなる。下表はシリアル⇄年代の対応ではなく、モデル別の生産期間を整理したものである。

年代シリアル主な該当モデル
1967YAS-1 / YTS-1 発売
1969YBS-61 発売(初のバリトン)
1970–1980YAS-21 / YTS-21 生産期間
1978–2002YAS-62 / YTS-62(初代)生産期間
1978–1990YSS-62(ソプラノ初代)生産期間
1978–1992YAS-32 生産期間
1978–2002YAS-52 生産期間
1980–YAS-23 生産開始(長期定番学生機)
1988–2002YAS-875 / YAS-855 Custom 生産期間
1990–YSS-675 生産開始
1990–2005YSS-875 生産期間
1991–2000YAS-25 生産期間
2000–YAS-275 生産開始
2002–YAS-875EX / YTS-875EX 生産開始
2003YAS-62II 発売 / YAS-82Z 発売
2004YTS-82Z 発売
2005–YSS-875EX 生産開始
2013YAS-62III / YAS-82ZII / YAS-875EXII 発売
2019Custom系がピゾーニ製パッド標準採用
2020YBS-82 Custom Baritone 発売
2021YBS-62II 発売