The Martin Band Instrument Company
概要Overview
マーチン(The Martin Band Instrument Company(ザ・マーチン・バンド・インストゥルメント・カンパニー))は、アメリカ・インディアナ州エルクハートを拠点に活動したサックスメーカーである。創業は1904年。創業者のジョン・ヘンリー・マーチンはドイツ・ドレスデン出身の管楽器職人であり、1876年にエルクハートへ移住、コーン社で職人としての経験を積んだのち、息子のヘンリー・チャールズ・マーチンとともに自社を設立した。
エルクハートはコーン、ビュッシャー、キング(H.N. ホワイト)といった大手メーカーが集積した地域であり、この四社を総称して「エルクハート四大メーカー」と呼ぶ。マーチンはその中で独自の製造方針を貫いたメーカーであり、最大の特徴は1960年代まで採用されたはんだ付けトーンホール(soldered tone holes)にある。トーンホールをボディに別パーツとして溶接するこの工法は、後年「ダーク&スプレッド」と評される厚みのあるサウンドの主要因とされる。
戦後のマーチンを代表する機種が、1945年から1971年まで生産された「The Martin」、通称コミッティ III である。アール・ボスティックが1951年の「Flamingo」で示したヴィブラートや、アート・ペッパーが1957年の『Meets the Rhythm Section』で展開したリリカルなフレージングは、いずれもマーチンの音響特性と不可分の関係にある。1971年にレブラン社が同社を買収し、エルクハートの工場閉鎖をもって米国製マーチンの製造は終了した。以降「The Martin」の銘を冠する楽器はフランスやヤナギサワでのOEM生産品であり、米国製とは別系統の製品として扱われる。
特徴Features
- はんだ付けトーンホールによる、厚みのある「ダーク&スプレッド」なサウンド
- 深い花柄エングレーブと、コミッティ III の独特な意匠
- R&B、バラード、ビバップに強いキャラクター
- セルマー・マーク VI(マークシックス)に比べて入手しやすい中古相場
モデルModels
The Martin(ザ・マーチン、Committee III)
マーチンの名を世に広めた看板モデル。1945年から1971年まで作られた。E.J. ジレスピーが取得した特許による新設計で、深い花柄エングレーブ、ワイヤー製のキーバンパー、調整式のメタル親指フックなど、当時としては凝った造りが目を引く。テナーのサウンドは低音が獰猛、中音域はヴォーカル、高音は艶やかという三段構えで、Sax on the Web のあるレビュアーが「スローバラードを最後に一曲だけ吹いて死ねるなら、自分はマーチンで吹く」と書いたほど。アール・ボスティックが R&B アルトの代名詞として愛し、アート・ペッパーも1950年代のコンテンポラリー・レコーディング期に使い続けた。
Magna(マグナ)
1956年に追加された The Martin の上位機種。ベル中央には銀製の十字エングレーブが施され、調整式オクターブキー機構、大型のサムレストパール、調整式のベル/ボウキーフェルトなど、装備の充実度はマーチン中でも頭一つ抜けている。テナーにはスターリングシルバー製ネックのオプションも用意された。サウンドの基本性格は Committee III と変わらない(同じボディチューブが使われている可能性が高い)が、装備の良さでヴィンテージ収集家からの人気が高い。特に Low A 仕様のマグナ・バリトンは、マーチン全機種の中でも最高峰の評価を得ている。
Handcraft Committee(ハンドクラフト・コミッティ、Committee I)
「コミッティ伝説」の出発点となるモデル。1935年頃から1938年まで作られた。ノーマン・ベイツ、リオール・ボーエンなど8名のプロ奏者が設計委員会(コミッティ)として関わったことが名前の由来だ。アール・デコ調の摩天楼やサーチライト、飛行機などをあしらった当時の意匠は他のサックスにはないもので、固いソリッド・ニッケルシルバー製のキー、ベベル付きのトーンホールを備える。中古相場は Committee III の半額以下で手に入ることが多く、「マーチンの音」を試してみたい人には今でも本命の一台となる。
Indiana(インディアナ)
1929年に設立された姉妹ブランドで、マーチンの廉価ラインを担った。工場も職人も本家と同じだが、品質管理は本流より緩く、エングレーブも控えめにまとめられている。フェーズ3(1942–1961年)に作られた個体は Handcraft Imperial に近い設計を持ち、「マーチンの弟分の音が五分の一の値段で手に入る」という評価を得ている。プロが本気で吹ける廉価ヴィンテージとして、今でも一定のファンを持つ。
シリアルナンバーSerial Numbers
| 年代 | シリアル | 主な該当モデル |
|---|---|---|
| 1919 | 17,221 | Handcraft 初期 |
| 1920 | 19,482 | Handcraft |
| 1921 | 23,781 | Handcraft |
| 1922 | 29,942 | Handcraft |
| 1923 | 34,838 | Handcraft |
| 1924 | 40,644 | Handcraft |
| 1925 | 48,489 | Handcraft |
| 1926 | 67,852 | Handcraft |
| 1927 | 79,254 | Handcraft |
| 1928 | 86,687 | Handcraft |
| 1929 | 92,536 | Handcraft / Master |
| 1930 | 98,324 | Master → Troubadour |
| 1931 | 101,622 | Troubadour |
| 1932 | 105,096 | Troubadour |
| 1933 | 106,546 | Troubadour / Imperial |
| 1934 | 108,301 | Imperial |
| 1935 | 111,253 | Imperial / Standard / Committee I 開始 |
| 1936 | 116,551 | Committee I 主流 |
| 1937 | 118,038 | Committee I |
| 1938 | 126,998 | Committee I → II 切替 |
| 1939 | 132,070 | Committee II |
| 1940 | 136,040 | Committee II |
| 1941 | 140,199 | Committee II / Centennial 開始 |
| 1942 | 144,455 | Committee II / Centennial |
| 1943 | 145,322 | 戦中で激減 |
| 1944 | 生産停止 | — |
| 1945 | 145,352 | The Martin(Committee III)開始 |
| 1946 | 154,289 | Committee III |
| 1947 | 161,520 | Committee III |
| 1948 | 165,326 | Committee III |
| 1949 | 170,395 | Committee III |
| 1950 | 172,215 | Committee III |
| 1951 | 175,140 | Committee III |
| 1952 | 179,317 | Committee III |
| 1953 | 183,125 | Committee III |
| 1954 | 187,614 | Committee III |
| 1955 | 193,747 | Committee III |
| 1956 | 196,213 | Committee III + Magna 開始 |
| 1957 | 201,917 | Committee III / Magna |
| 1958 | 203,809 | Committee III / Magna |
| 1959 | 205,377 | Committee III / Magna |
| 1960 | 209,089 | Committee III / Magna |
| 1961 | 211,675 | RMC 期開始(盾紋) |
| 1962 | 213,999 | RMC |
| 1963 | 218,855 | RMC 末期 |
| 1964–66 | 不明 | Wurlitzer 期 |
| 1967 | 約 305,000 | Wurlitzer 期 |
| 1970 | 約 350,000 | Wurlitzer 後期 |
| 1971 | — | 米国生産終了 |
